少女

わしたのとこそうぞう

少女は知っていることを秘密にしている
心臓が常に動き続けていることがフェイクであることを。
脳みそが本当の操縦室ではないことを。

波立つ海はそこそこに荒れ模様で、一人砂浜に少女はその様子をもうずっと眺めている
手で顔を覆えば両手から水が湧くので、口につけてのどを潤していた
何度も何度も。気が付けば両手を合わせ水を口に運ぶ
ポケットには脈打つこぶし大の赤い実を忍ばせていて、ときどき思い出したように赤い実に耳をぴったりとつけて音を聞くしぐさをする
「枯れている」
「ささむけている」
「追いかけてくる」

”大事なことを忘れそうになっていた。正しくは、大事なことを忘れようとしている。
もしくは、大事なことを忘れてしまいたい。”

脈打つ赤い実は、少し前までは実ではなく花を咲かせていた。
それを少女は大事そうに花を摘み取り、海に投げてしまったのだ。
やわらかい淡い桃色の花は波間に踊り、寄せては返しながらそのうちに消えてしまった。
花を摘み取った後の根は、ポケットの中で赤い実に姿を変え、息をしていた。

どうしてあんなに大事に育てていた花を海に投げてしまったのか、そればかりが体中を支配して少女は動けないまま途方に暮れている。
耳元ではかすかな息遣いが聞こえる。

”手放してはいけない。手放してしまいたい。
あるいは。”

少女は知っていることを秘密にしている
心臓が常に動き続けていることがフェイクであることを。
脳みそが本当の操縦室ではないことを。
もう同じ花は咲かないことを。

*REVOLVER dino network 投稿 | 編集